「すこやかmind」の秘訣

先日の名古屋での対話塾へつながる私の体験を綴ります。

 

私にとって「すこやかさ」とは何だろうか?

 そう自問した瞬間に、目線が斜め上に動き、胸に自然と空気が流れ込む。

 これが私の体からの応えです。

 

 

この動きがどういう意味なのか、どうやったら言葉になるでしょう?

 実はいきなり頭で探してはいけないんです。

 

 この言葉だけでうまくやり方を伝えられるかわかりませんが、やってみます。

 1 先程の体の反応を再現するために、同じ動きをする。

   必要なら2−3度深呼吸をして、実感を体中に巡らせる。

 2 その場から1−2m離れて、自分の再現した姿を俯瞰し客観視する。

   このときに、耳や頭で雑音のような音声が聞こえる場合もあるが続ける。

   別の絵が見えたりする場合もあり、それも大事に心の引き出しへしまう。

 3 ようやく、ここから言葉にしはじめる。可能なら信頼おける聞き手に話す。

   話しをまとめない方がいい。擬音や身振り手振りからでOK。徐々に単語になる。

 4 1−3を振り返って、自分の体験を言語化する。

 

書きながら、あらためてやってみました。まだできたてのほやほやです(笑)。

一言でいうと、○(=丸、あるいは球体)のイメージです。

余計な力が入っていません。ゆるみがあり、バネを感じます。

内側のどこかからドライアイスの煙のような何かがわき上がってきます。

「いろいろな方向に気を配る」という言葉が降りてきました。

球体の中に入り込み、中心に腰掛けて、強力な懐中電灯で照らした所が輝く!

そんなふうに色々な方向を照らしていく。これってきりがないのかな〜。

そう思うくらいに、自由にどこへでも丸い光の輪が届きます。

私にとっての「すこやかさ」心の健康であり、体の健康です。

きっと、ドライアイスは「命のエネルギー」の源(=魂かな?)からなのでしょう。

 

もうひとつのやり方は、「すこやかさとは何だろうか?」という疑問をまるで小脇に抱えながら暮らすことです。別の話しをしながらも、何か他の事をしながらも、小脇にはさんだこの問いかけに無意識にも意識が向いている状態を造りだす。私が最初にやったのがこれで、みどりくんはその産物。

 

実はこの7−8月、私はおそらく生まれて初めて自分の体の症状と深く深く向き合う体験をさせてもらえたのです。症状は、肘痛と手の指先のこわばり。こちらにも書きました。

 

この症状のおかげで、ある漢方の先生と深いお話をすることができました。先生はいわゆる熱心に、そして色々な角度から話しを聞いてくれました。その最中に、私の心のスクリーンにこのみどりくんが表れたのでした。面白いことに、その直後に血液の話しになって、赤血球の形や種類をはじめて聞かせてもらって、このみどりくんが実は私にとっての「スーパー赤血球」だと判明したのでした。赤血球が具体的に何個私の血管を流れているか知りませんが、100万個に1個ほどの割合で、緑色のドーナツ形状の異種としてのスーパー赤血球が存在するというイメージが浮かんだのでした。みどりくんはすごい再生力やらをもっているみたいです。でも、みどりくんが機能発揮するには普通の赤血球との親和性が大事なようで、つまりみんなに支えられてはじめて働けるのですね。だから、みどりくんにとって、周囲とのコミュニケーションは不可欠なのです。まさに血管内部でも対話が起きているわけです。

 

この電話での対話の中で印象的だったことは、先生が私の話しに耳を傾ける姿勢というか、もちろんみえませんが心の在り方を感じさせる感覚です。実は伏線があって、別の先生と話したときには、それが無かったので、余計にこの違いが分かりました。そういう意味では両名に大感謝です。

 

 

その結果、私に起きた症状が、循環を求めていることが分かりました。いわゆる循環不良だったわけです。特に腸に食べ物が滞在する時間の調整が求められたようでした。これは食べ物の種類と、食べ方と、そもそも私の深層部に潜んでいた目に見えない不信の思いと、昨年暮れに起きた関節の不具合への対処を日々することが叶いました。

 

西洋医学の門も叩きました。健康診断以外ではおそらく6年ぶり、しかもそのときは皮膚科で、内科にかかったのは40年前の虫垂炎以来かもしれません。結局血液検査では良好でしたので、ますますこの症状が体からのメッセージであることのお墨付きをもらえたのでした。