9月のピコファームライブの余韻・・・

先週末のピコ・ライブを終えてから、毎日がどっしりしている。

この「どっしり感」は、なんだか人生が深みを増しているみたいな感じだ。

 

9/14(水曜)

アジア進出計画の一部を報告するために、

ここ4年お世話になりっぱなしのご夫妻とその友人を訪ねた。

 

私と妻にとって、彼らはあたかも「神さま」のような存在の人たち。

そんなことを彼らが知ったら、「え〜何やそれ〜」と驚くだろうけど(笑)

どうして神さまかと私たちに分かるのだろうか?

それは、彼らと会った後の帰り道の私たちふたりの感想が毎回こんな感じだから。

 

妻:  「ほんとうに、○○さんと△□さんたちは素晴らしい人たちだよね〜」

私:  (思わず息を吸い込んで、吐きながら)「う〜ん、ほんとそうだよ。」

ふたり:「まるで、神さまみたいだよね」「これって毎回言ってるね。」

 

9/13(火曜)

7月から毎週通い始めたももの水泳教室が一段階終了。

娘は生まれて初めて賞状をいただいた「皆勤賞」。

妻へのご褒美でもある。

妻は娘をプールに連れていきたいと今年の冬から言っていた。

選択肢の少ない中で、2つのプールを探して、自分の思いを実現できた瞬間。

私はふたりに「おめでとう」を伝えた。

 

泳ぐことはとても心身に良い影響があることを誰もが聞いたことがあるだろう。

お陰で私もこの2ヶ月、毎週泳ぐという新しい習慣をクリエイト!

小学2年生から通っていたスイミングスクールを思い出した。

水の中で体を動かす感覚をたのしみながら、様々な思いに向き合えた。

それは無心に水とたわむれた結果だったと言えるかもしれない。

水の中では呼吸できないという制約=枠に支えられた自由な世界がそこに広がる。

 

9/12(月曜)

妻の友人が京都へ来たついでにピコへ足を伸ばしてショート・ステイ。

妻は近江八幡まで迎えに車ででかけ、私はももとふたりで6時間じっくりと遊ぶ。

ま、そのうち半分ちかくはお昼寝だったので、楽でした!

 

晩は久しぶりの酒盛り。幸いにもピコライブに美味しいのを贈ってくれた人がいた。

(みゆきさん、ありがとう。ほとんどなくなりました〜。)

 

妻の友だちとは東京で6年前に2−3度会っただけだった。

でも、我が家では彼女のことはときおり話題にあがっていた。

取材を元に文章を書くライターという仕事で何冊もの本を出版し、

自分でもさまざまな企画を実行している。

「思い」を「行動」して「結果」を楽しむ、アクティブな人という印象。

 

彼女もこの夏から長野に古民家を借りて住み始めた。

東京に買ったビルを自分で改修した話し。

そういえば、一昨年の秋に私が東京で出版記念ライブをした時は、

彼女が経営していた古民家カフェを会場としてお借りしたっけ。

 

いきなり、フィリピン→合気道→W. Reed→映画”Yes Man”など

つぎつぎとシンクロがはじまって、この場で今こうして一緒に杯を交わしている

意味をひしひしと感じたりした。

 

シンクロとはカール・ユングが提唱したシンクロニシティのこと。

日本語で共時性とも言われる。っと、なぜだかユングの本が本棚にあるのを発見。

妻が公民館で借りてきた。しかも、マンガなので1時間程で読めてしまった。

そこには、何というか、今迄私が実践してきたことを理屈でまとめてくれるような

言葉が満載だった。

 

9/10-11

今年6回目のピコファームライブセミナーを開催。全国各地から8名が参加。

ちなみに8名は「8人の命」というふうに感じている私がいた。

 

テーマは「命のエネルギー」

言葉だけでない対話をとおして、まずテーマをじっくりと実感した初日。

それは、聴覚的な議論を超え、自分と相手に自動的に起きる感情にも惑わされない。

その結果、60兆個の細胞のひとつひとつを活かしながら行われる対話。

まるで、心の声に耳を傾け、浮かびあがるイメージを無心で眺め、結果を受け取る。

 

そんなシンプルなやりとりのくり返しが、次第に場のエネルギーを高めていく。

まさに、そんな対話のやりとりの2日間だった。

 

学び続けている人の着実な成長や進歩を見せてもらった。

・ずっと自分自身を認められずにいた人が、はじめて自分にOKを出した。

 その途端に、言葉遣いまでもがその人自身にの現れに一致したかのように

 ポジティブでシンプルな言い切りの表現に変わったが、あまりにも自然で

 当人すら気づかない様子だった。

・「自分の理解のために聞く」から、「相手の気づきのために聞く」へシフト!

 すると、対話しているときの呼吸が変わっていた。言葉数が減っていた。

 ニュートラルの状態がどんなに深い段階があるかを認識しはじめたようだった。

 おまけに、お酒の呑み方までも変わってきた。思いを言葉にすることは、態度に

 まで影響を与えることを実感させてくれる。そして挨拶が素敵だった。

・「もう問題なくなった」と軽く言えるように自分の中が整理された様子だった。

 この場に癒しを求めて通い続けているが、そろそろ次のレベルの目標へとシフト

 するのかもしれない。他人の問題を背負わなくなったこと、つまり、自分と他人と

 の境界線が明確に引けたようだ。率先して自分を休めている姿は、仕事への一層の

 責任感の厳しさの現れなのかもしれない。

・自分の思いを行動に一致させるシンプルな動きを得た人もいた。しかも自分らしい

 シンプルな動き。その人にとっては、メールするのでなく電話することだった。

 「思いついたらすぐする。」そう言って、お昼休みとかにも電話で仕事を片付け

 ていた。今まで何かグジグジと騒いでいた聴覚が、台風でどこかへ飛ばされたかの

 ような、すっきりした現れだった。今後の進化がますます楽しみだ。

・夏の名古屋の対話塾を過ぎて、ようやく本当の意味で自分にOKを出し始めた人。

 本人はきっと「そんなことない」と言うかもしれないが、この人は頭が良すぎる。

 厳密にいうと、感性でとらえたことを言葉にしようとし過ぎてドツボにはまる、

 そんなパターンから抜け出したようだ。どんどん詩人になっていく。それもまた

 たのしからずや!

・中にはもうちょっとというところに居る人も。それでも、この人のペースで着実に

 進化中。一時期「私は家族の中で太陽の存在」と言っていたことがあったが、実際

 その役割を果たしているようだ。家族の1人ひとりに徐々にそして着実なちがいが

 起きているのを毎回報告してくれる。次はいよいよ自分の課題に取り組むだろう。

・7月から2回目の参加になるこの人は、コツをつかむ達人かもしれない。明るくて

 気持ちのいい性格で、ちょっとおっちょこちょいのような早とちりがあったりした

 が、いざ自分の深層部にじっくりととりくみ始めると、発見が芋づる式ですごい!

 感じた事がなかなか言葉にならないという課題を、美事にクリアする第一歩を踏み

 出した。やった事は見るときの距離を調整したことだった。わずか30−40cmの

 距離の違いだ。

・初参加で久しぶりの方は、やはり初日は緊張していたようだ。それを証拠に2日目

 はまるで別人のようにゆるんでいた。一生懸命や、努力することがもう過去の美徳

 になったことを再認識させてもらえてありがたかった。そして、この人も不可能を

 可能にすることになる。

 

みなさん、完全燃焼の2日間だったようです。この場のエネルギーにも感謝です。