対話塾 in 鞆の浦 vol.1

はじまりは・・・

 

今年春、ふたりの方からの「福山でライブセミナーができたら嬉しい!」という言葉。

 

そして、私が『これを待っていた』と実感したこと。

 

私には、鞆の浦の対話塾の実現のすべてがあそこからはじまっている。

 

 

 

「来年に一回目ができたらいいねぇ〜。」という感じであった。

 

決して、「是非とも」とか「何としても」という力みがなかった。

 

 

 

私はそれをも『いいなぁ』と受け取っていた。

 

すると、「実はあのとき、千葉さんにスルーされ、がっかりだったのですよ。」

 

そんなコメントを終わってからいただいた。

 

人の受け取り方ってほんとに分からないもの。そこに、対話の可能性がある!

 

相手の使った言葉を自分が翻訳して使っていることを忘れずにいたい。

 

お互いに勝手な思い込みになる前に、もう一言確認し合うことって大事!

 

 

 

ちなみに、『これを待っていた』という私の実感はある思いから来ていた。

 

『対話塾を各地で開催したい。そして、きっかけがその土地の人であって欲しい。』

 

それが私の思いだったから、とっても嬉しかった!

 

 

今回は私には初めての土地で会場の事前の視察もなかったが、

 

       結果はミラクルだった。

 

 

自分で言うのもなんだが、この3年私のセミナー/研修スタイルは変わった。

 

       ずいぶんとシンプルになった。

 

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そして、ますます参加する1人ひとりが主役になってきた。

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その背景には私のこんな思いがあった。

 

もう誰か他人にあこがれて何かをする時代ではない。

 

もう誰かに教えてもらう時代でもない。

 

もうかつてのようなカリスマ的なリーダーを追う時代でもない。

 

この場を共に造る1人ひとりとの間の

 ×目に見える違い

 ×聞こえて来る違い   これらの違いに動かされるのではなく、

 ×感じられる違い

 

 目には見えないが

 耳には聞こえないが  でもそこにある「何か」を実感し動く

 肌では感じられないが

 

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では、そこにある「何か」とは何だろうか???

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それは、言葉になる前の存在として感じられる「何か」

 

それは、微妙に繊細でふだんはヤスヤスと見過ごされてしまう「何か」

 

ちなみに、この微妙で繊細な感覚をキャッチできないと、実感はできない。

 

この「何か」を認めない人は、人生を次に進めるヒントに簡単には出会えない。

 

だから、20世紀と同様に「頑張る」「努力する」パターンから抜けられない。

 

まるで、あのトトロのネコバスがすぐ横を通りすぎても見えないように。

 

見える物ばかりを追っている時には、この「何か」は存在すらしない。

 

 

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でも、大丈夫! 人は変われる。

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それは宇宙の法則だもん(笑)

 

昔から言われているとおり、この世は「諸行無常」だから。

 

ただし、そう、頭で分かっているだけでは、人は変わらない。

 

変わりたい人はどうしたらいいのか?

 

こたえは簡単。

 

今までと違う事をはじめればいい。

 

 仕事を辞める?

 生まれ故郷を離れる?

 新しいライフスタイルを求めて旅に出る?

 

別にはじめからそんな大げさじゃなくてもいい。  

 

もしも、そうしたかったらそれでもいいけれど、

 

そんなに大きな変化をしなくても、人は充分に変われる。

 

 

 

そう、誰もが自分を変えることができるのは自分だけだって知っている。

 

しかし、知らないで困ったり悩んだりして結局は「まっいいか」と、

 

ぬるま湯につかって変わろうとしていないのは、どうしてだろうか?

 

 

 

それは、加減を知らないから。

 

 

 

変わる能力はあるのだが、その能力の使い方(加減)を知らないから。

 

つまり、どこをどれだけ変えたらいいか(加減)を知らないから。

 

あるいは、どうやって変わったらいいかを誰も教えてくれないから。

 

つまり、ハウツー(HOW TO)がないんだね。

 

でも、ここまで考えた事がある人は、実はもう一歩のところにいるって知ってた?

 

 

 

ちなみに、こういう状態を何て呼ぶか知ってる?

 

       自分に向き合うことだよ。

 

       自分と対話してるんだよ。

 

 

人が知識を得たり、分かったり、悟ったりするパターンは大きく2種類ある。

 

  外側の教えに従う・・・external reference

 

  内側の教えに従う・・・internal reference

 

20世紀の後半はあまりにも多くの人たちがexternal referenceのパターンだった

 

だから、カリスマ的な強力なリーダーが活躍する余地があったんだ。

 

 

 

 

 

ところで、ここまで読んでくれて、本当にありがとう。

 

あなたが、この場を一緒に支えてくれたんだ。

 

そして、ここにエネルギーを注いでくれた。

 

 

 

 

言葉を超えたメッセージを実感してくれたかな?

 

もしそうなら嬉しいな。

 

もしそうでないなら、やっぱり嬉しいな。

 

だって、この場のエネルギーはそう簡単に理解できることじゃないから。

 

1人ひとりに理解のためのベストなタイミングが巡ってくるから。

 

 

おわりは・・・

鞆の浦での対話塾はたった一日。

ほんとは、もう一日やりたかったな。

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でも、今回はこれがベストだったんだ。

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どうしてかって、参加者の人たちに聞いて欲しいくらい。

 

こんなに、魂どうしが寄り添って、愛を与え合う時間を超えた体験は無かったから。

 

なぜならば、一緒に来てくれた家族との素晴らしい時間を満喫できたから。

 

翌日も、鞆の浦在住の主催者の人と、ミラクルのような時間をご一緒したから。

 

また、もうひとりの主催者のご家族とも、これまたミラクルな体験できたから。

 

 

 

 

そして次のライブ(対話塾)は・・・

 

実はすでに行われていたことが分かった。

 

しかも、私の知らないところで。

 

参加者のある2人の人が会って、勝手に対話塾をしていた!

 

これぞ、私が最も欲しかった結果だよ〜。

 

対話塾が勝手に自然増殖してくれている。 うれしい! ありがとう!